その人のピアノへの入り方による1つの習慣化した方法を変えることは、容易ではありません。
しかしどんな方法でも、求めるものの高さとその意志力によって、満足のいく演奏が可能となるならばよいのですが、普通の人は、ほとんどが開かれないで終り、また指は動いても、完全弛緩の感覚を失ってしまうので、表現の自由が得られない、という大きな壁につき当ってしまうのです。
ピアノ演奏のむずかしさのすべてが、この指先の不思議ともいうべき力、頭と指先との関係にあり、その大もとは、音のイメージを求める心に端を発しているにもかかわらず、目に見える技術を追いかけてしまうため、しかも、「訓練」という隠れ蓑の中に入ってしまうために、ほとんどの人が、その誤りに気がつかないで練習に励んでいる、という現実に目を向けなければなりません。